「まちなみ」をアートする。

全体イメージとモニュメント写真。

『まちなみ』2005年4月号 大阪建築士事務所協会発行


   4.港町のランドマーク。

『pia NPO』ビルとモニュメントのデザイン。    

 作品は「出会い」の中から生まれる。基本的に自分で動くことで小さな「出会い」が発生し「出会い」が「出会い」を呼んでドミノ倒しやダイヤモンドゲームのように広がって行き結果的に作品に定着される。その一連の動きが作る風紋や波紋のようなダイナミズムの中に創造の秘密が隠されているように思える。以前こんなことがあった。場所は大阪の百貨店の贈答用の食器売場。ガラス器やテーブルウエアが明るい照明の中でキラキラ輝く中、僕はその時山梨にあるワイナリーで販売するグッズのデザインイメージを頭に描きながら歩いていた。すでに展開したい世界はあったのだが、それを人に伝えるためにはやはり既成の商品を使って伝えるのが一番速い。僕の想う「こんなワインの世界を作りたい」のサンプルになるものはないかと探していたのであった。その時ふと目についたのが一個のワイングラスだった。やや小振りの透明ガラスで、生地は厚くもなく薄くもなく、手作り風の遊び過ぎたところもなく、どこにもあるような足付きのフォルムであったけれど、しかしほどよい「ゆらぎ」があった。ブランドもののキリっとしたクリスタルグラス群が並ぶ中にあって、一つだけどこかほっとするような素朴な表情を見せていた。そこには晴れた日には遠く富士山も見渡せる広大なぶどう畑のある山梨のワイナリーとほぼ同じような空気が感じられた。箱に付いたラベルを見ると小樽にある小さなガラス工房の作品。買って帰り連絡を取ると、作りたい自分のイメージスケッチを持ってさっそくその北国の工房を訪ねてみることにした。もともと小樽にはガラスの浮き玉や船のランプなど、港町に必要な船具としての吹きガラスの伝統があったが、この工房の社長は大阪のガラスメーカーの出身で、独立してからこの港町を拠点に制作活動を続けているということだった。彼にとってなぜ北国なのか。とにかくできるだけ涼しいところで制作したかったからだという。ガラスの制作現場というのはとにかく暑い。夏の大阪では地獄の暑さで仕事にならなかったのだろう。将来この港町の坂に沿ったスキー場もある山の中腹に工房を作り、一日港を眺めながら制作を続けたいというのが彼の夢だった。そのどこかのんびりとしてスケールのある夢が、あの小さなワイングラスにも映し出されていたのかもしれない。結果的にこの工房で僕のデザインするグラスのいろいろは作ってもらうことになり、さらに後日談であるが、この工房との交流は当時僕と同じ仕事仲間のディレクター氏へと移り、彼の3男が卒業後この工房にガラス修業に行くことになり、やがて社長の一人娘と結婚することになり、そして今は子供が二人。すっかり小樽に腰を降ろし自分なりの作家活動を続けている。思えば全ては一個のあのワイングラスから始まっている。あの時僕がぶらぶら歩かずあのグラスを見かけることもなかったら事はどのように進んでいたのだろう。そう考えるとたったひとつの動きが作り出す出会いのロマンとその波及することの大きさを思うのだ。  

もうひとつの出会いの舞台は、神戸の山の手にある「老舗バー」だ。冬には火も入る暖炉のある神戸らしい風格のあるバーだった。このバーのカウンターの高いスツールに腰掛けるなりその日食事を共にしたT氏に、僕がその数日前に経験した尾道での港町バー巡りの話をしたことから「尾道での話」が次の「大阪港の話」につながった。というのはこの日の午後T氏にたまたま面会があり大阪の港にあるビルを改装し一部をカフェのようなものにしたいという計画があり、それについて出店の相談があったのだという。さっそく近日中にそのビルを見に行くので、僕にも一緒に行ってデザイン的なアドバイスをしてくれないかということに話が進んだ。2、3軒隣にはオムライスで有名な店があり、以前ケチャップの会社の仕事をしていた頃に訪ねこともありその周辺のことはイメージに残っていた。しかしたまたま尾道での港町バー巡りの話を持ち出していなければ、T氏の発想としてもこのような展開にはならなかったろうと思う。そこが面白い。  

 数日後に訪ねたビルはもともと市の港湾局の建物だったということもあり、70年代に建てられたビル特有のモダンでファンシーなデザインがあちらこちらに見られた。どこか世界に向けて広がる海の夢の名残りが感じられた。脇に立つ大きな木も印象的で、各階段の踊り場の広い窓からはこの木の緑がうっそうと見えて心地良かった。最上階からは出船入船の港全体が広々と見渡せてまるで空港の管制塔のような部屋もあり、夏には屋上から花火大会も見物もできるということだった。各階の部屋の多くは国際交流関係のNPO事務所や会議室などに使われるが、一階部分だけを懸案のカフェにしたいということであった。話を聞いて歩きながらこのカフェのイメージを考える以上に、この『NPOビル(仮)』のランドマークとしての意味やこの港町のあり方そのものをまず「大阪港」全体から考える必要があるのではないかと思った。それは「大阪港」全体のイメージ作りということでもあった。  

 この大阪港には人気のある水族館もあり美術館もあり、本来ならウォーターフロントとしてもっと賑わってよいはずである。ところが意外とそうなっていない。ポイントだけで終ってしまっている。サンフランシスコやボストン、ニューヨーク、ロンドンなど世界の大都市にある港はどこも人気のある観光エリアとなっていて、地下鉄駅を出ただけでワクワクするような港の雰囲気を作り出し一日ゆっくり歩いてみたいような気持ちにさせられる。しかしこの「大阪港」だけは不思議なぐらいいつまでたっても港湾の殺伐さから抜け出せていない。歩いてみたい気持ちにもならない。これはいったいどうしたことだろう。港には港の雰囲気があるのにそれを無視し、無理に一部分をアミューズメントパーク化しただけで終っているからではないかと僕は思う。港にある雰囲気とは「倉庫」であったり「船」そのものであったり、あるいは「船員バー」であったり、それらが作り出す港らしさがあればそれで充分なのだ。しかしその本物の持つ面白さが分っていないのだろう、一部だけをアミューズメントパーク化してしまうのでその明度の軽さに負けて全体が暗く殺伐と見えてしまうのかもしれない。このような時は全体イメージの方法として、まず基調色を整えながら大きく俯瞰的な視点で少しづつ調子を付けていく必要があるのではないか。まず基調色は「赤レンガ色」。歩いてみるとこの『NPOビル(仮)』の裏手にある古い倉庫群の赤レンガが美しい。この「赤レンガ色」を引っぱって全体に伸ばす。「大阪港」の歩道が全てこの「赤レンガ」になり、港の散策路らしい雰囲気が出れば、それでまず「大阪港」としてのキャラクターがはっきりする。そしてその上で幸いにして所々に残っている歴史的な建物をきちんと保存していき、中をレストランやカフェに活用できればそれだけで散策できる観光ポイントがいくつも出来たようなものである。もちろん新しく建てるビルも皆この「赤レンガ色」に統一する。このように町全体がひとつのテーマ(絵)を共有し合いながら協調して作って行くのが歩いてみたい「まちなみ」作りであろうと思う。  

 さてこのような「大阪港」イメージの中にあって、このNPO拠点施設である当の『NPOビル(仮)』をどう考えるか。僕はこの施設は船に見立てるのが良いと思った。遠くから眺めるとこのビルはどこか港に停泊している大きな船のように見えるのだ。緑に囲まれて船出を待つ船。船は外洋に向って開かれているを表わし、自立性を表わし、みんなで乗り合わせた船「地球号」のイメージであり、海(自然)との調和や未来への夢を表わす。福祉や介護、まちづくりや国際協力といった様々な分野で活躍するNPOは、しかし実体がつかみにくい。そこでそれをあえて形に表すとすれば「船」がふさわしいと思ったのである。「NPOは、出航を待って静かに港に停泊している船のようであってほしい。」これが僕からのメッセージであった。

 この絵がもとになってこのビルのコンセプトが明快化し、フロアー別の色も決められ、次々と明るさを持ったイメージが施設内に作られていった。さらに船のイメージを明瞭にするためにこのNPO施設のマーク『pia NPO』を「船のイカリ」のイメージでデザインし、これを鉄のモニュメントにしてエントランス脇にすえた。ちょうどあの大きな木の下に立てると、さながらこの船『pia NPO』号をしっかり支えるイカリの役割をしてくれることとなった。あの「尾道の港町」から「神戸のバー」を通って「大阪港」へとつながった港町の話が、ひとまず一つ港らしい形となって定着したのであった。