「まちなみ」をアートする。

『まちなみ』2005年3月号 大阪建築士事務所協会発行


   3. 『鬼の絵』が作る「まちなみ」。  

 自分の描いた絵が町中に貼ってあり、ひとつの「まちなみ」風景を作っているのを見るのは楽しいものである。自分のデザインした商品が思わぬところに売られているのを知って、新人デザイナーが喜ぶのに近いようなものかもしれない。いや、それとはまたちがったような気もするが。しかし僕にとって最初のそのような経験は缶ビールのデザインだった。夏のアウトドアの季節を前に、テニスの絵柄をぐるりと入れたスポーツ缶シリーズが企画され、それを新人の僕が担当した時のことだ。テニスらしい爽やかでスピード感覚のある絵柄にしたかったので、黄色とグリーンという目に鮮やかな二色の組み合わせを缶全体にプリントし、それをコートに見立てその上を何人ものプレーヤーが右に左に白い球を追い掛けショットを放っているという絵柄にした。それまでビール缶と言うと楕円形のラベルがペタっと貼ってあるだけの真面目なデザインが多かった中で、このシリーズだけはウエストコースト風の明るく斬新なものに仕上がり、プレテも上々に決まり、あとはスポーツ・シーズンの到来を待つばかりとなっていた。しかしデザイナーの仕事というのはいつもひとつのことだけに関わっておれない。プレテが決まれば後は次から次とやって来る新しい仕事に気を奪われその自分の手掛けた『テニス缶』がいつどのように製品化されるかなどといったことはすっかり忘れていたのであった。そのような頃だった。僕はゴールデンウイークの連休を利用して東北旅行に出掛けたのである。たしか東北をぐるっと列車で一周し、その足でそのまま九州一周までするという日本一周のひとり旅だった。「のんびり一人旅」のつもりが予定通りのコースを取ろうとすると意外と乗り継ぎが多く忙しい旅になってしまった。秋田かどこかの駅でも発車真際のローカル線に、駆け込むようにして飛び乗ったのを憶えている。左右に広がる田圃の真ん中をゴトゴト走り始めたジーゼルの車内の通路を、気に入った席を見つけるためによろけるようにして歩きながら、その時ふと前方の明るい日溜まりとなった客車の床の上に一個の空き缶が転がっているのが目に止まった。列車の揺れに遊ばれるようにして右に左にカランコロン音を立てて転がっている。問題はその色だった。回転する缶の色が一瞬黄色とグリーンの組み合わせのように目に映ったのだ。「まさか、なあ・・」と思いつつ首を傾げながら近寄って逃げる缶をつかまえて見ると、ピーナッツの薄皮やミカンの皮のようなものが付いて汚れてはいたけれど、その缶はたしかに数カ月前に僕が会社の机の上でデザインしたあの『テニス缶』だった。いつの間にか発売され誰かが何気なく飲んで捨てたものなのであろう。しかしこんな東北の片田舎のローカル線の中である。しばらくは周りを見回しながら信じられなかった。その何気無さに感動した。デザインとはこんなに広いものなのかと思った。  

 自分が初めて手掛けた作品との再会としては、それは鮮烈な印象だった。大量生産というデザインの持つ持ち味と、一点作品のアートの持ち味のちがいはその辺のところにあるのかもしれないと思う。しかし今回自分の描いた絵がポスターとなって「まちなみ」を作っている風景の面白さは、この時の印象とは少しだけおもむきがちがうように思えるのだ。このポスターは「節分」のためのもので、正確に言うと『堂島薬師堂節分 お水汲み祭り』のポスターであった。昨年春に「祭りおこし」として、大阪堂島一帯を中心に始まった『お水汲み祭り』に、今年2005年は地元の伝統的なお祭り『節分まつり』が合わさってひとつになり名前も『節分 お水汲み祭り』と改まった。二つの祭りが統合しひとつになって、より華やかで賑やかになったのは良いがそれで祭り本来の意味がごちゃごちゃになってしまったのでは良くない。この祭りのそれぞれの性格をまずはっきりさせておく必要があるとデザインアドバイザーとして参加した僕は考えた。二つをはっきりさせた上で、新しくひとつになったイメージをわかりやすく表現すべきである。そのためこの祭り本来の意味を「唄」のような言葉にして、端的に表現してはどうかと思ったのだ。「節分で厄を払って、お水汲み。」これは祭りの祭事的な順序と、それぞれの祭りの意味を示している。『節分』でまず一年の厄を払い、それから『お水を汲んで』新しい春を迎えてほしい。これが『節分 お水汲み祭り』の新たな主旨なのである。さらにこれに『鬼の絵』を添えて、視覚的にもわかりやすい形にしたかった。昔のスタイルでいうと「賛」と「画」ということになるのだろうか。この「文」のような「絵」のようなスタイルはもともと僕が人に宛てて手紙を出す時に何気なく使っているスタイルではあったけれど、これを「賛」と「画」という形ではっきりと意識したのは『白隠 禅と書展』という展覧会に接してからであった。  

 「白隠さん」と一般にも親しまれた白隠禅師は、江戸時代中期に臨済宗を中興した偉大な禅宗の師であり、優れた書や画もたくさん遺していることでも知られている。白隠の書画は、自分の思想を民衆にやさしく伝えるために師がその場で描いてさっと渡したものが多く、農家のたんすの中からなにげなく出てきたりするのが白隠の書画の特徴なのだそうである。その書画が「賛」と「画」で構成されている。文と絵である。なにげない文、たとえば「どう見ても」といった言葉に、達磨大師の絵が描かれてあったりする。あるいは達磨大師を象徴するために長靴の絵だけが添えられてあったりもする。そのシンプルでユーモアある書と画の組み合わせが現代アートのようでもあった。それまで白隠のことも知らず、書画にも特別興味を感じたこともなかったが、この展覧会を僕が担当しているFM番組で紹介してからこの白隠の書画がどこか自分の表現方法に似ていると感じるようになったのである。言わんとすることをわかりやすく伝えたい。その思いが共通していた。  

 さらに僕が『節分 お水汲み祭り』のポスターとして、この古典的なスタイルを取ったのにはもう一つ理由があったように今思う。僕はこの『鬼の絵』に「護符」のような役割りを持たせたいと思ったのである。僕の仕事場のある京都では、例えば小さな料理屋などに入ると調理場や厨房に必ずと言ってよいほど『火迺要慎』という札のようなものが貼ってあるのが見られる。(これは「火の用心」と読む。)これが「護符」である。お守りのようなものかもしれない。この「護符」は単に災難除けのためだけではなく、仕事場や機械や道具にこれを貼ることで、その道具や空間を神聖化し大切に扱っていますという気持ちを表すことにつながっているのだ。「縁起もの」と呼ばれるものの一種で、この「護符」の姿が僕の目には新鮮でかっこよく見えたのは不思議なことである。僕の『鬼の絵』もあちらこちらに貼ってもらいながら「護符」や『火迺要慎』のような役目をはたしてくれないものだろうかと思った。「火の用心」や「災難除け」の効力まではなくても、場に活気や元気をもたらすような役目なら務められるのではないか。そのような「護符」の役割りをもったポスターというのはちょっと他では見当たらないと思うのだ。  

 『節分で厄を払って、お水汲み。』と『鬼の絵』に「墨色」、「朱色」でタイトルや日時や場所を入れたので、このポスターはますます厄除けのような雰囲気になった。祭りの前々日、この祭りの舞台となる大阪北新地の町を歩きながら、通りのあちらこちらにこの『鬼の絵』が貼ってあるのを見て楽しかったのは、町がその「節分祭り」の数日間だけでも伝統的な文化を取り戻し、元気で神聖な「まちなみ」を現出してくれているように僕の目には映って見えたからかもしれないと思う。