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「絵に描いたような美しい町並み」というような言い方をよくする。実際にヨーロッパを旅すると思わず「絵に描きたくなるような」と形容したくなるような美しい風景に出会う。だから町並みというのは最初から自然にそこにあって、それを画家が絵に描くものだと思ってしまいがちだが、実際にはその逆の場合も多い。絵画的なイメージの方が先にあって、それをもとにして実際の町が作られていく。「まちなみ」とはすでにあるものではなく「絵」や想像力によって作り続けられていくものなのかもしれない。 列車の窓から一瞬過ぎゆく看板を見て、旅の途中駅に降立つことを決めた村にフランスの「オーヴェル・シュル・オワーズ村」がある。ゴッホによって描かれたことで有名な村である。パリの北西にセルジ・ポントワーズ市という町があり、その町を訪ねた帰りのことだった。パリの中心軸はルーブル宮を起点としてシャンゼリゼ大通りを西に沿い、そのまま凱旋門を貫通しパリの副都心デファンス地区にある巨大なグランド・アルシュ(20世紀の凱旋門と言われる)に至るまでの一本の長い線であるが、それをさらに30km延長させるとその延長線がセルジ・ポントワーズという新興都市の中心軸につながっている。「パリの歴史的な時間軸を引き継ぐ町」「芸術が都市をひらく」というイメージをもとに整備が進められている町で、開発中の町の丘陵に立てられた巨大な12本の円柱のモニュメントの間からは、遥か南東方向の地平の彼方に霞むようにしてパリ副都心のビル群が見える。たしかにスケールの大きな考え方を町の開発の中心にそえた計画ではあるが、また観念がすぎるようにも思えた。町の中心軸がパリにもつながるというその概念がいったいこれから住む人にとって具体的にどんな意味を持つのだろう。パリの古いアパルトマンを現代風に解釈したような明るくモダンな感じのオレンジ色に統一された煉瓦作りの棟の間をゆっくり歩いた後、パリの北駅へと列車の帰途についたその走る列車の窓から一瞬目に飛び込んできたのがゴッホの『ひまわり』だった。印象的な図柄の看板のその下にたしかに「ゴッホの町・・」と書いてあるように見えた。急いで手元の旅行のガイドブックをめくる。「天才画家ゴッホゆかりの村:オーヴェル・シュル・オワーズ村」とある。網棚の荷物をつかむと、あわててその小さな駅に降立った。
ゴッホと弟のテオの眠る墓地はこの村にふさわしい静かな佇まいの中にあった。小雨に煙る中人影もなく、広い園内でその墓がどこにあるのかが全くわからない。ひとつづつ確かめるようにしてゆっくりと歩いてようやくそれと見つけることができた。もちろん「ここがゴッホの墓」などといった表示もない。兄弟ふたりひっそりと寄り添うに並んであった。ゴッホが弟に宛てて書いた書簡集として『ゴッホの手紙』は有名であるが、画商でもあったテオは兄の画才を信じつつ経済的にも支えを惜しむことなく、ゴッホの亡くなったあとは悲しみのうちにわずか数カ月の後に兄のあとを追うようにして亡くなったという。学生の頃に読んだ『ゴッホの手紙』を思い浮かべながらしばらく墓の前に立たせてもらった。列車の窓から一瞬過ぎゆく『ひまわり』を目にしなければ、こうして来ることはなかった。村も周りの風景も墓も名作の舞台であるが、そのこととは全く関係ないかのようにも見える。しかし自然とあの絵の中の風景の色合いに沿っているのではないだろうか。作為的な保存のしかたではなく、絵が作り出している自然なる村の佇まいに沿うように残されているかのように思える。オーヴェル・シュル・オワーズは、描かれた当時の空気によって今も描かれ続けている「まちなみ」と言えるのではないかと思った。 まだ訪れたことはないが、同じくパリの西方70kmにあるモネの『睡蓮』の舞台となったジヴェルニーもそのようなところではないかと思う。ゴッホもゴーギャンも、印象派と呼ばれる画家達はみな外の光を愛した人達である。その中でも特に水にこだわり、風に揺らいで池の水面に映る柳や睡蓮の風景を描き続けたのがモネだ。モネはいろんなところに移り住んだけれど一度もセーヌ川を離れることがなかったという。セーヌ川の支流にあるジヴェルニーの地を買い取り、自分で池を掘り日本風の橋を掛け、セーヌ川の支流から水路を引き睡蓮を浮かべた。そしてそのようにして作った「水の風景」を絵に描きながらも、さらにその上で庭を作り続けていった。絵に描いたような美しい庭を作るのが先だったのか、理想の庭の瑞々しさを絵に描くのが先だったのかどちらがどちらともつかないまま交互に作用し合いながら画家の手によって育てられていったのが「ジヴェルニーの庭」である。とどまることのないうつろいゆく自然の光の変化。モネは生涯250点以上の『睡蓮』を描きつづけた。僕はその中でも水面に映る青空と白い雲を写し取った1914年から17年に制作された作品が好きだが、タイトルは『睡蓮』であるとしてもすでにモネの関心は睡蓮から水面の反映に移っていることが解る。パリのオランジェリー美術館に設置されている作品の他にもニューヨークの近代美術館の『モネの部屋』でも、そのモネの世界をよく感じることができる。ぐるっと円形にくくられた部屋を囲むようにして壁一面に川面の上の睡蓮が揺れている。ゆったりとしたソファに座って、ゆっくりと時間と光のうつろいを楽しむとよい。背後の広い窓からは美術館の裏庭の塀越しにビルのそびえ建つ幾何学的な黒いシルエットが見える。ニューヨークのビルの谷間にひっそりとあり続ける静かな「ジヴェルニーの庭」である。 さらにそこから視界を広げて、この「ジヴェルニーの庭」(近代美術館)を大きく包みこむニューヨークという都市に目を移してみたい。この大都会のあるべき姿を絵に描いて作り出したのがモンドリアンである。自然を根源的な原理までたどると垂直線と水平線の構図に三原色の組み合わせであるという美学に到達したモンドリアンは、そのリズミカルで軽快で躍動感あふれるタッチ『ブロードウエイ・ブギウギ』で、まさに僕たちのよく知るニューヨーク・イメージそのものを作り出した。ブルー、イエロー、レッド。都市を俯瞰するような碁盤の目の作り出す活気はパリでもロンドンでもない、まぎれもないニューヨークの「まちなみ」である。近代美術館のある53番通りから東に歩いてマディソンやパークアベニューといった通りを渡るたびに、そのすれ違う人並みや車やバスの間から真直ぐ果てしなくどこまでも続く直線的な街路の明快性に驚かされる。そして、そこにあるのは無味乾燥なるコンクリートや鉄の固まりではなく、音楽があり、ショーウインドーに映る光があり、色があり、動きがあり、人の活気と夢のある都市の姿である。町並みは描かれるのではない、作家の描く「まちなみ」によって作られていくのである。東京や大阪の新しい町の姿を描き出し未来を作っていくのはいったい誰なのだろう。 |