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まさか今まで自分が放送に関わるとは夢にも思っていなかったけれど、ラジオを通して音楽が町をそよ風のように流れるというイメージは以前から好きだった。FMは遠くまで電波が届かない。その代わりその町オリジナルの音が、いつも身近にゆっくりと風に乗るように流れているような雰囲気を作り出すことのできる唯一の公共メディアではないだろうか。日本でFMというとD.J.の気取ったような語り口があって、最新のヒット曲をジャンルに関係なく次々テンポ良く流すというスタイルが目に浮かぶ。しかし本場アメリカでは局が何十あってもひとつの局ではひとつのジャンルの曲しか流さないし、DJもほとんど入らないのが一般的だ。ジャズをやる局ならジャズしかやらないし、デキシーならデキシー、ハワイアンならハワイアンしかやらない。好きな周波数を選んでダイアルを合わせていれば、いつもだいたい同じような曲が一日中ラジオから流れていることになる。そして南部や西部によって曲の好みがちがうのも広いアメリカを旅しながら聴いているとよくわかる。たとえばケンタッキーではどの局を回してもブルーグラスばかり聴こえてきてスタンダード・ジャズを聴こうとすると苦労するが、逆にニューヨークでは圧倒的にスタンダード・ジャズが多くブルーグラスはFMで聴こうと思っても不可能に近い。 以前暮らしていたカリフォルニア・サンフランシスコでは軽いフュージョン系の「スムーズ・ジャズ」が圧倒的に人気が高かった。家にいても車に乗ってもいつでもどこでもその放送局からの曲が流れていた。昼間スーパーに買い物に行ってもそれが流れているし、夜レストランに入っても同じような曲が申し合わせたように同じ調子で流れている。これがFMであり、風だと思えるところなのだった。いつも同じような曲がどこからも途切れることなくその町を流れ続けている。その町らしい音楽の風にのって、町全体がひとつの空気に包まれているかのような感覚であった。 最近のニューヨークやパリなどの地下鉄に乗ると、以前にも増して音楽演奏が賑やかに聞こえ てくるようになった。ストリート・ミュージシャンの活動がどんどん活発になってきているのだ。ギターにケーナの2、3人による南アメリカのアンデス音楽「フォルクローレ」グループがその中でももっとも多いように思う。車内にも平気で入って来て演奏する。バイオリンやチェロといった正当派の古典音楽のソロ演奏者も多い。それに加えて中国の胡弓や、アフリカのトーキング・ドラムの音が聞こえる。電車を待っている間も、プラットフォームのどこかでなんらかの音楽が響いて聞こえているというのが最近の地下鉄風景だ。駅の広場はさながらライブハウスだ。そしてそのどれもがかなり上手いのに感心してしまう。思わず足を止めて聴き入ってしまう演奏も多い。ベテランのジャズセッションの周りには大きな人垣も出来ている。 以前見たものの中で一番印象に残っているのは、プラスチックのペンキ缶をひっくり返してスティックでぶっ叩くという10人ぐらいの演奏だった。缶の周りには白いペンキの粉が四方に飛び散っている。音に迫力があるだけでなく全員の息がぴたりっと合っていて、リズムに張りもあり心地よかった。しかしそれにしてもこんな才能ある連中がなぜ地下道のようなところで演っているのだろうと不思議に思う時がある。今やマンハッタンやパリの地中深くに張り巡らされたトンネル全体は世界の民族音楽によってどんどん侵食されつつある。多様な人種のるつぼとなった大都市の心臓部を熱い血が動脈血管を通って波打つようにかけ巡っている。それは町の上空を爽やかな風のように流れるFM曲の軽さの感覚とはちがうにしても、人間の営みというひとつの「まちなみ」を象徴するイメージである。 そういう僕も、そのような演奏やパフォーマンスを遠くから客観的にだけ眺めているだけはすまない人間である。いつも演る側にも立ちたいと思っている。人は受け手になってばかりでは面白くない。いつも参加していないと面白くないのである。3年前に大阪で『アフリカの夜』という個人的なイベントを行った。昼はギャラリーで、夜はカフェバーにもなるという『パボーニ』という店から展覧会をやってみないかという話があった時のことである。もともとこのお店は西宮市の夙川というところにあった有名な「文化サロン」で、大石輝一さんという洋画家が自ら作り上げた茶房。店全体が大石画伯の作品そのもののようだった。しかし阪神地方を襲った大震災で残念ながら倒壊してしまい、その志を引きついで新たに大阪で復活させようとしたのが現在のオーナーである。ふだんは大石画伯の「旅の水彩画」が店の中全体を飾っている。しかし今回は貸しギャラリーにも活用したいということで、まず最初に僕に声がかかったのだった。 その話を聞いた時に店内を思い浮かべつつ、しかし僕の絵を並べるだけでは面白くない、なにか空間全体をつくる音楽的なものにすべきではないかと瞬間的に思ったことがきっかけだった。実際にその『パボーニ』に行って話をしている間にも次々目の前にアフリカの風景が浮かんでくる。それも象やキリンが草原をゆっくり歩くといったサバンナのイメージではなく、なぜか暗く深いジャングルの中に川が流れるという今まで行ったこともないような「アフリカの夜」の世界だった。なぜそのような発想が頭に浮かんだのかはわからない。その川はコンゴ河にちがいないと思っているのだが、―― 音もなく川面を行くカヌー。黒く密林の彼方から猛獣の声に混じるようにして太鼓の音が響いて来る。村では炎を囲んで色鮮やかな祭りの輪が広がっている。左右に大きくゆれる黒い人影。火花を散らすようにして激しく舞い上がる火柱。その先には満天の星が広がっている。さらに油を流したような川面。カヌー。樹の上には眠るようにしてヒョウが眺めている。闇の中に白く鮮やかに蓮の花が浮かんでいる。―― そんな行ったこともない熱帯雨林の情景が次々と僕の心に浮かんできた。 『パボーニ』は一階だけでなく地階にも大きな部屋があり両方の壁面を合わせて20mほどだ。この壁面をまずこのようなアフリカのイメージの絵23枚で一気に描いてうめようと考えた。そしてそれだけでなく僕自身が太鼓演奏しこの店の空間全体を『アフリカの夜』にしてしまう。もちろんそれまで太鼓の演奏などしたことはない。しかし出来るという自信はあった。僕の発表スタイルは一に「即興」であり、二に「空間」だ。そしてなによりも「素人的」だ。絵や音楽と人がひとつになって調和する空間を創造したい。技術や作品の完成度には欠けても、その時その場にだけ発生した自由な空気を形にし記憶に留めたい。皆んなでひとつの世界を構築したいのだ。飲み物は『アフリカの夜』という名のカクテルを、これまたバーテンと共同で考案し当日サーブした。こうして夏の訪れを前にした大阪堂島では、この夜『アフリカの夜』が熱くこだまし踊りの輪が広がり店に入り切れない多くの人達が外に溢れ出た。即興的に作った音とざわめきと熱気がビルの谷間にその夜だけの仮想の「まちなみ」を作った。 ![]() |