「まちなみ」を旅する。

3. 黄金色となって輝く町―――  
サンフランシスコ市、クレメント通り。
スケッチブック

               『まちなみ』2004年3月号 大阪建築士事務所協会発行 


  サンフランシスコ市、クレメント通りの3333番地に2年半ほど生活した。 3333番地は市街地の西端に位置し、出窓から外をのぞくと一直線につづくクレメント通りのはるか向こうに、ダウンタウンのビル群の上半分が白く眺められた。逆にこの通りを西の方向に15分も歩くとオーシャンビーチと名付けられた海浜に出る。ここから先は海岸線が気が遠くなるほど彼方までのびていて、もうその向うは球体の彼方に霞んで見えない。南のモントレーからロサンゼルス、さらにメキシコまで延々と続いているのだろう。ここは北米大陸の西のふちにあたる。この海岸線に沿うようにして、北のアラスカから冷たい海流がつねに沖を流れていて、この海水に内陸部からの砂漠気候の温かい空気が急激に冷やされ海岸線には特有の霧が発生している。

 3333番地辺りも、夏の間は霧で暗く曇ったような日が続き、窓を開けていると部屋の中までひやっとした白い霧の川が流れ込んでくる。 それでも海岸部から離れて、霧の地域から一歩でも外に出ると、そこはウソのように快晴が広がっていてキツネにつままれたような気がする。どこまでも高く突き抜けるかのような深い青空で、このような日には対岸から見るサンフランシスコの家並みは、まるで大きな岩山に水晶の結晶が輝いているようにクリアーだ。そして日が西に傾きはじめる頃、その結晶群が黄金色となってさらに輝きを増す。

  クレメント通りに住んでいると言うと、たいていの地元のひとはアジア系のレストラン街を想像する。実際2000番地近くには中国系、アジア系だけに限らず世界各国の料理屋が軒を並べている。野菜や魚の市場や食料品屋も多く、そのため香草とスパイスとが入り混じったような特殊な匂いがして異国情緒がある。 サンフランシスコはアメリカでももっとも多くの世界の料理が味わえるということが定説になっている。クレメント通りはそれを代表するような町並みといってよいかもしれない。

 サンフランシスコはある日、突然現れた町である。世にいう「ゴールドラッシュ」だ。 内陸に80kmほど入ったところにあるシリコンバレーの町として有名なサンノゼ近く、サッター牧場というところでその最初の金のひと粒が発見された。マーシャルという牧童頭が水車の水の流れをよくしようと川の中をさらっていた時に、目を刺すような光に気がついたのだ。1848年のことである。 「金、発見」のニュースは瞬く間にアメリカ国内だけでなく、世界中に伝わり一獲千金を夢見た人たちが船を仕立ててぞくぞくとやって来た。その一番近い港町がサンフランシスコの港だった。500戸が細々と漁をして生活していたというひなびた寒村が、ある日突然世界から注目され、あっという間に人人人で溢れ返った。  金の埋蔵量はすぐに底を突いたにもかかわらず、それでもスコップや鍋を担いだ人たちが次から次からやって来た。後からやって来た者達の中には金よりも集まってきた人を相手に商売をしようと知恵をはたらかす者もいたし、あるいは、夢を抱いて祖国をすててやって来たけれどすでに資金はなく、帰るに帰れず自国の料理屋をやるしかない者もあっただろう。いずれにせよそのようにしてサンフランシスコはコスモポリタンな町として発展し、今に至っている。

 ある日思い立って、このサンフランシスコでも最もコスモポリタンなクレメント通りの「まちなみ」を記録することにした。方法は、家を出て真っ直ぐ通りを東に向って歩いて行く。34丁目から1丁目までのそれぞれの四つ角に立ち止り、そこで周りを見渡し目についた風景をどんどん描いては歩を進めていくというもの。 辻ごとの印象風景が1ページごとに描写され、それが何枚も連続して1冊の本が作られたとすれば、その本の中にこの町並みの空気を閉じ込めることができるのではないかと考えたのだ。

  おそらくは長くは住めないこの町の思い出を、なんらかの形でこころの中にとどめておきたかったのだろう。