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厚い木のフローリングと高い天井。足を一歩踏み入れただけでもその宮殿のような建物空間は持ち主の人格や重厚な落ち着きを瞬時に肌で感じさせ「恐れ入った」となる。もともとヨーロッパの絵画はそういう威厳を感じさせるための働きも持っていたのかもしれない。ひとつひとつが大きなアーチのようになった展示室の入り口を越えるたびに、次々と新たな世界が展開されて行く。深いブルーやピンク、エバーグリーンからサンバーン・イエローと部屋の色もそれぞれに変わり、意外とこういった思い切った明るい壁の色が古典的な絵にもよく合うのだと思われる。しかし自分にとって異文化に近いこうした中世のキリスト美術などを見ながら途方もなく広い美術館の中をゆっくり歩いていると、たしかに豊かではあるけれど疲れて眠くなってくることもよくある。(僕はしょっちゅうベンチで居眠りをするが)そんな時にどこからともなく珈琲の香ばしいいい香りがしてくるのがアメリカの美術館の特徴だ。カフェテリアは館内のいたるところにあって、建物と建物の間のガラス張りの温室のような吹き抜け空間にも回廊の踊り場にも軽くしゃれたデッキチェアーが置かれ、珈琲を飲みながら芸術の余韻が楽しめるようになっている。恋人どうしがなにやら愛をささやき合っている風景がもっともよく似合う場所でもある。カフェが展示室と切り離されず空間的に一体化している点にも、美術館とは「勉強の場」なのではなく「憩いの時を過ごす場」なのだということがよく表わされている。勉強といえば子供向けのレクチャーも毎日のように行われている。一つ絵を囲んで子供達が直接床に座って話を聞いている姿が印象的だ。時おり広い階段室を利用してコンサートなども催されている。高いドーム空間にゆったりとしたシンフォニーの曲が響いて美術館がさらに心地よい。絵を見るでもなく、コンサートを聴くでもなく、珈琲を飲むでもなく、それらが合わさった豊かな時間を過ごすというのが美術館の楽しみなのだと教えられる。それこそ外の厳しい寒さのおかげで、文化とは温かくて気持ちいいもんだなあとしみじみと感じさせてくれるのである。 このように外と切り離された箱型のものがミュージアムには多いが、それだけでなく屋外空間がそのままミュージアムになっている形のものもある。その例として『イサムノグチ庭園美術館』がある。見学は予約制で、行き方も四国の高松からの乗り換えが多く不便ではあるが行ってみる価値の充分にある美術館だと思う。イサムノグチは20世紀を代表する彫刻家だ。彼の石の彫刻の仕事場がそのまま残されて美術館となっている。庵治石の産地として有名な香川県牟礼町に、彼がアトリエを構えたのは1969年。それ以後20年あまりの間、イタリアとアメリカとこの牟礼を結んだ行ったり来たりの生活の中で、同時に何点もの作品を作り続けたという。大きく丘がせまり白壁の蔵とそれをとり囲む石垣に包まれた広々とした空の下に150点あまりの彫刻作品が整然と立ち並んでいる。完成されたものだけでなく、今の今まで彼がノミをふるって制作中であったようなものも多い。石の自然な表情をそのまま生かした作風が持ち味だけに、どれが完成でどれが未完成なのか見分けがつかない点もこの美術館の面白さであろう。またこれは彼の生い立ちにもつながるのだろうが、この空間が内でもなく外でもなく、また西欧でも日本でもなくあえて言えば地球空間であるという点も興味深い。京都の禅宗のお寺では冬の寒い日でも庭に向って座敷きが開けっぴろげだ。内と外の間に垣根がない。内を眺め、外に出て庭を回遊する。あの真冬のボストンの美術館とは対照的だが、これも日本特有の気候から生まれた文化空間と言えるのではないだろうか。日本人の英文学者で詩人の父と、作家であったアメリカ人の母を持ち、日本で生まれアメリカで育ったイサムノグチが求めた内と外とをむすぶもの、光や闇の織りなす世界がこの「庭園美術館」からいきいきと感じられる。 フィラデルフィアから西に100kmほど。ペンシルバニア州ランカスターにも「生きたミュージアム」がある。ニューヨークからだと長距離バスで約5時間。かたくなに現代文明を拒否し今も昔のままの生活習慣を守りつづけているアーミッシュと呼ばれる人達が現在も住み続けている村『ダッチ・カウントリー』だ。真っ青な空の下に輝くように蒼い野菜畑が広がり、赤いレンガ色の土、黄金色の麦畑が丘に沿い、ブルー、グリーン、レッド、イエローとくっきり色分けされた抽象絵画のような田園風景の中で空気は温かく風の中に土の匂いがする。どこからかポコポコとのどかな音が近づいて来て振り返ると、白いシャツに黒いズボンの若者が麦わら帽のリボンをヒラヒラなびかせながら馬車を操って通り過ぎて行く。彼等は車もトラックも持たない。電気も電化製品も使わない。牛や豚や馬やひつじやガチョウなどの家畜を飼い、小麦やトウモロコシやタバコの葉を育てて生活している。森に囲まれたような農園の内には「サイロ」、「餌の乾燥小屋」、「トウモロコシ小屋」、「家畜小屋」が点在し、小さな小川に沿って「薫製小屋」、「ミルクハウス」、「水車小屋」が並んで実際に活動している。アメリカの人達にとって自分達の祖々父母にあたるアーリー・アメリカンの時代をしのぶことのできる唯一の場所なのだろう、年間何百万人もの観光客がバスで訪れるという。ここは村全体がミュージアムと言ってよいのかもしれない。 この農場の近くにある『フォーククラフト・センター』というB&Bに宿をとった。ここにもアーミッシュの生活道具を展示する大きな農作小屋があり、大工道具や鍛冶仕事の工作機具、料理道具や昔の写真やらが壁面に沿って床から天井まですきまなく取り付けられてあって壮観だ。吹き抜けになった2階の回り廊下を通って自由に展示品を見れるようになっているのだが、これがいくら見ても見飽きない。いったいどういうことだろうと思う。アメリカに渡った開拓民たちは道具を買う余裕がなく、全てを自分達の手で作り修理したという。何度も打ち直された蹄鉄やがっちりした馬車の車輪、頑丈な鋤や鍬など、無骨だけれど使い込んだ風合いのある鉄の表情にそれを感じる。女たちが使う料理の鉄鍋やパイ生地の型にも飾り気のない家族への優しさが感じられる。展示されている道具の間には子供たちの楽しそうに微笑んだ白黒写真もたくさん見える。階下に目を移すと部屋の中央には15、6人掛けの長テーブルが置れて、ああ、たしかに「家族」なんだなあと思う。一家だんらんの姿がそこに見えるのだ。ここにある道具類が何度見ても見飽きないのは、日本やアメリカを越えて世界に共通する労働と生活と家族への思いがそこかしこに見えて来るからかもしれない。「大草原の小さな家」。なつかしい「家族の原点」がそこにはある。多くのアメリカ人が好んで訪れるのも、自分達の先祖をたどりながら実は今は別々なってしまった家族たちの一緒に暮らす温かな一家団欒の姿をそこに見ているのかもしれない。 この『フォーククラフト・センター』のミュージアムと宿は、メル・ホースト氏とその一家で切り盛りしている。メル氏はアーミッシュの研究家でもありアーミッシュに関する写真集も何冊も出している写真家だ。客室につながる階段のランプ照明の下には彼の作品が何枚も額に入って飾ってある。寝室には何年も大切に使われてきたであろう素朴で味わいのある家具が据えられ、窓側には寝床が用意され気持ちの良さそうなキルトのベッドカバーがふわりと掛けられてある。「アーミッシュ・キルト」は世界的に有名なフォーク・アートだ。色とりどりのプリント生地の端切れをパターンに合わせて縫い合わせた手作り感あふれたもの。その細やかな一針一針も見事なのだが、大きく大胆に組み合わされた明るい色のパターンにも子供達への愛情が感じられる。朝、早く起きて宿の庭を歩くと塀も垣根のなく広々と続く芝生のあちこちに、素朴で楽しいものがいくつも見つかった。大きなオークの木の幹にはトウモロコシが一本お供え台のようなものに取り付けられて立っている。きっとリスのためのものだろう。松の枝からは巣箱のような餌台が下げられてある。これは鳥のためだろうか。見上げると屋根の上には魚の形の風見鶏が見える。ガーデンテーブルとベンチが木陰に置かれ、窓辺には色とりどりの花が飾られてある。そう思って眺めると道に沿ったどの家の前にもいろんな形のカラフルな郵便ポストが並んでいる。家の形のもの、機関車の形のもの、灯台のようなもの。家の中も外も、子供達の好きそうなものでいっぱいだ。内も外も「まちはミュージアム」であった。 |