|
海に沿ったその旅館街の通りはもう朝の9時を過ぎているというのに奇妙なぐらい静まり返っていた。人一人歩いてもいなければ、車の通りもなかった。空は明るく照って通常ならまだ寒い2月にもかかわらず温かいぽかぽかとした陽気が各旅館のガラス戸を眩しく光らせていた。記憶にはなかったが確かにこの旅館街には中学校の卒業旅行に来ているはずであった。最近はどうかわからないが、関西の学校の中学校ならばだいたいここに来ることが習わしになっている。それぐらい有名な観光地であった。それにもかかわらずこの時通りはシーンと静まり反って、なにかが通り過ぎるのをじっと息をつめて見守っているように感じられた。もちろんそれは僕の思い込みにちがいなかったが、その日の僕の気持ちには見事に合ってくれているように思えた。まるで映画の一シーンのように現実をはるかに超えた「まちなみ」であった。 「中崎なあ。そのまんまで自分を貫きとおすのはええもんやなあ。」「僕はね、中崎。イメージがあるねん。ずっと広がる大海原を見とるねん。」前日病院に駆け付けた時、伊藤さんは僕にそう語りかけた。伊藤さんとは僕がまだ会社にいた頃依頼ずっと、それ以後も親しく家族同様にしてもらっている一回り上の大先輩である。また一方で遠慮なくなんでも言える気の合った漫才コンビともいえる間柄であった。しかしこの時僕は彼の言葉に「そやねえ、伊藤さん。ウン、ウン。」と応えることぐらいしか出来ることはなかった。気のきいたセリフ一つ言えなかった。彼の3人の息子達の中で特に日頃仕事でもいろいろと付き合いのある次男坊から「意識ははっきりしていますが、後どのくらいか?と聞かれると2、3日後かもしれないし1ヶ月後かもしれない。いろいろご心配かけます。中崎さんからメールがあったことは、親父に伝えます。」という連絡をもらった時にはひどく困惑した。しかし今はむしろ自分の気持ちの表現そのものに苦しんでいた。僕が会社を離れてからも、彼とはひんぱんに会っていた。ひとりで寂しがっているだろうと思う時、見事にそれを見透かしたように電話をして来てくれるのも彼だった。しかし最近は会うごとに以前の豪快さから、妙にひねた老人風になっていく彼に腹を立てるようにして僕からの距離は少しずつ開いていたように思う。社会の変化の中で必死に抵抗していこうとしている彼に、以前どおりのイメージを求め過ぎて、僕自身が冷淡になっていたのかもしれなかった。そういうこともあって入院をしたのは知っていたが長い間見舞いにも行かなかった。そしてそれがいよいよここにまで至ってしまったのだった。しかしそんなことを気にする様子もなく以前のままの百年来の大親友を迎えるようにして僕の手を握ると芸術家同士だけでしか分り合えないような言葉で、彼は「海のイメージ」を語ったのだ。しかし僕は彼を元気づける言葉の一つも言えなかった。自分がなさけなかった。「これは、いったいどういうことなんだろう。いったい何が出来る?」「なにもできない。」「なんにもできない。」病院を出たあとも足元だけを見つめるようにして歩きながら、どこをどのように歩いたかさえよく覚えていなかった。病室を出て待合室まで見送ってくれた伊藤さんの奥さんが涙ながらに語った言葉だけがこころに残っていた。自分は覚悟をしているが本人は分っていない。いつまでも生きられると思っている。このままでは治療方法の選択次第で、混沌としたまま植物人間のようになってしまうかもしれなかった。「分ってほしい。しかし、どうすればいいか・・。」 「なんとかしなければ。出来ることはなにか?」「なにができるか?」「なにもできない」呪文のような言葉をくり返しながら地下鉄の階段を昇りつつ、しかし少しずつ思い出されることがあった。彼とは会社からの出張旅行でいろんなところに行った。とくにデザインの取材で沖縄に行ったことが懐かしく思い出された。暑い夏の日だった。首里城からの坂道を下りながら、あまりの暑さに途中の茶店に立って二人で地元産の缶ビールを思いっきり飲み干したことを思い出した。あの日のことは会う度ごとに肩をたたき合うようにして話すのだったが、なにがそんなに楽しかったのかは自分たちにもよくわからなかった。また毎年正月には彼の家に押しかけ、金沢出身の奥さんのびっくりするような豪華な手料理をごちそうになりながら思いきりのどんちゃん騒ぎもした。これも毎回のように楽しく話す内容であった。彼の定年が近づいてきて、酒席に参加するのは僕だけになってすこし寂しくなったがそれでもそれと入れ代わるようにして大きくなった息子たちが加わったので正月はあいかわらず賑やかだった。彼にはその華やかさが忘れられないようだった。「伊藤さんの心の世界を一番よく知っているのは僕のはずだ。正解はない。これだと自分で信じられること。思い込みでいい。それは言葉ではなく僕らしい気持ちの表現のはずだ。こう生きてほしいということ。こう死んでほしいということ。そして大海原、朝日・・。」少しずつ思いが形になり始めていた。朝日が一番きれいに海から上がってくるのはどこだろう?やはり東側が開けて海になっているところだろうか。帰って地図を広げて見ると大阪近辺では紀伊半島の東側に海が開けている。あまり馴染みのないところだが、唯一ぼんやりと記憶にあるのは修学旅行で行った伊勢「二見浦」だった。実際にそのように朝日が上がってくるのかどうかは分らなかったが、土産で買ったペナントにはたしかそのような絵があったように思えた。朝一番の電車で伊勢「二見浦」に行く。そして大海原を伊藤さんに見せる。もちろん一緒に連れて行くことはできないのでビデオカメラを持って共に旅をするようにして風景を撮りつづける。フィルムを編集するといった時間はない。こうしている間も死んでしまうかもしれない。ただただ見せたいと思った風景だけを順に撮って一本の道中記にする。それを見せる。それしか僕には方法がなかった。伊藤さんと行く最後の「まちなみ」だった。 夜明け前の空気は冷たく、息が白く煙ってオレンジ色のアーク灯が滲んで見えた。深夜便の大型トラックがゴーゴーとうなるように横を通り過ぎて行った。寂し気だが旅立ちの風景としてはわるくなかった。彼の言い方を借りるなら「ベリーファイン」だった。駅へと向う道をまずカメラに収める。遠くに小さく見えてくる駅舍の白い光。自動販売機の寒々とした青い光。プラットフォームに入って来るその日初めての電車に首をすくめ襟を立てるようにして乗り込んで行く人たち。窓を過ぎていくまだ醒めやらぬ町の灯。電車を乗り替えるために地下鉄の駅から地上に出て見上げると東の空はすでにぼんやりと明るくなってきていた。しかし盛り場にはまだカフェのネオンが瞬いて昨夜来の喧噪が色濃く残っているようだった。こんな何気ない町の風景をひとつひとつ拾うようにしてカメラに収めて行く。定刻どおりゆっくり駅を出る列車。青みを増した空に今にも白く反転し照り輝くのを待っているかのような町のシルエット。名張という駅に着く頃には山々の間から途切れ途切れに朝日がキラキラと顔を出し始めた。深く濃い山稜の下には真っ白な雪原が広がり幻想的な風景がゆっくり静かにすぎていく。突然トンネルに入る。退屈な時間が流れる。こんな時伊藤さんならきっとウトウト居眠りするはずだ。「目をさませ!伊藤さん。」音を立ててトンネルを出た瞬間の目のさめるような風景が見せたくて暗く永く続く車窓にカメラを構えたままでいる。トンネルを出ると今度は視線を空へと移す。カメラを大きく上に構え、深く濃い空を背景にスペースシャトルから見る宇宙空間で強烈な光を放っているかのような太陽に目を向ける。視界一杯に日の環が広がりレンズがまるで目を細めるようにしてファインダー画面を暗くする。明るく温かい光をいつも周囲の人達に投げかけたいと願っていた彼が描き続けた「太陽のマーク」は、以前から会社のシンボルでもあった。そしてたしかにそのとおりの人柄だったと思う。出会った時の彼は自由奔放、光芒を放つかのような蓬髪と長い鬚と低い抑揚のある声で太陽神のようであった。二人で酒場のカウンターに陣取り、芸術論を戦わすのが楽しみだった。しかしそれも次第に彼の身体が弱くなっていくにつれカラオケなどに変化していった。それが僕には悲しかったのかもしれなかった。 ようやく伊勢市の駅に降り立つと日はすっかり高くなっていた。ここから参宮線という小さな電車に乗り換え、二つ目の駅「二見浦」に向う。海が近づくにつれ少しずつ空気が軽くなり希薄になっていくように感じられた。昔ながらの木造作りの白いペンキを塗ったような「二見浦」駅で降りると、貸し自転車を借りることにする。彼に自転車は似つかわしくなかったがここは時間を優先する。標識にある「夫婦岩」に向う。駅前からの道からしてすでに不思議なぐらい静まり返っていた。左右に大きな旅館が並ぶ通りに出ても誰一人歩いていない。しばらく旅館街の道を走ったあと脇の細い道から海に出る。旅館の裏手に松の林が続きその向こうには海が広がっているようだった。堤防の上に登ると目の前いっぱいに春の陽光とたおやかな水平線が浮かび上がった。これが彼の思い描いた大海原だろうか?堤防の道からさらに歩を進めて「夫婦岩」へ。想像したよりも随分近いところに岩が並んでいる。一本の白いしめ縄で結ばれた大小二つの岩の間にひたひたと大洋の波が打ち寄せていて、きっと日が昇る頃に間に合っていればイメージ通りの光景が撮れたかもしれなかった。しかしその時は磯場のゴツゴツさに現実感がありすぎて、どうもこれではないと感じた。僕は旅の「終着点」を求めていた。波打ち際にそった小道を引き返す途中、沖に向って細く長く真直ぐ続いている突堤を見つけた。水平線にカメラを固定するようにして少しずつ突堤の先端へと歩いていく。目の前には明るい陽光が広がって、しかし時おり吹く風が冷たく手が無感覚になってカメラをとり落とさないかと心配になる。先端まで行くともはや「大海原」以外なにもなかった。どこを見渡しても広い海と大きな空だけであった。「ここだ。」下を見ると波が細かくくだけ散って白く泡立っている。寄せては返す大きな波と跳ね返った小さい波とが互いにぶつかり合ってそこに日の光が反射し、まるでこの世のものとは思えない艶やかな光景を描いていた。光の精と海の精とが一同に集合し遊び戯れているようにも見えた。楽しそうだった。ゆらゆら、キラキラと輝き揺れる画面の中で、光と闇が互いに入れ替わる様にして永遠につきることのない物語を展開していた。ここだ、ここにちがいと思った。そこが僕の思う伊藤さんに見せたい旅の「終着点」であり「出発点」だった。 |